ウラハラとわたしとソフィアコッポラ

ウラハラとわたしとソフィアコッポラ

キム・ゴードン

ソフィアコッポラとソニック・ユースとの交流についてはさきほどお話しましたとおり。

そんな紅一点のキムゴードンをご紹介!


ソニック・ユース

ソニック・ユース (Sonic Youth) は、1981年に結成された、ニューヨーク出身のバンド。

1980年代以降におけるアメリカのインディーシーンにおいて、ノイズパンクの雄として君臨。後のグランジ、オルタナティヴ・ロックムーヴメントへ大きな影響を与え、自身らも満を持してメジャーへと移行。以後、メジャーとインディーを行き来しつつ、活動を続けている。

メンバー

サーストン・ムーア(ギター、ボーカル)
バンドの実質的リーダー。大学教授の息子である。身の丈2m近い(198cm)大男。フェンダーのジャズマスターを好んで使う。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第34位、2011年の改訂版では第99位。
キム・ゴードン(ベース、ギター、ボーカル)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校卒。自身のバンド、フリー・キトゥンでも作品を発表している。幼少時代、サーフィンをして遊ぶなど、活発な子供であった。音楽活動のほかにファッションブランド「x-girl」の立ち上げ時のデザイナーを務めた経験もある。リー・ラナルドのためにユーリ・ランドマンが特別に制作した楽器「ムーンランダー」(2007年)
リー・ラナルド(ギター、ボーカル)
低い声が特徴。名門と名高いニューヨーク州立大学ビンガムトン校卒。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第61位、2011年の改訂版では削除された。
スティーヴ・シェリー(ドラム)
キャット・パワー等を輩出した名門インディレーベル、"Smells Like Records"を主宰。子供の頃からのアイドルとして、リンゴ・スターの名を挙げており、自身のドラムスタイルも多大な影響を受けている。
マーク・イボルド(ベース)
ペイヴメント、フリー・キトゥンのベーシスト。2006年の「ラザー・リップト」ツアーから加入。

過去のメンバー

ジム・オルーク(道楽)
2002年から参加。「ソニック・ナース」日本盤発売の際には担当パート「道楽」として紹介される。実際にはベース、ギター、シンセサイザーなど幅広く担当し、ミキシングも手がけた。2005年、映画音楽やソロ活動に携わる為に一時的にバンドを離脱.以降ジャンルを問わないマルチプレイヤーとして第一線で活動中。
リチャード・エドソン(ドラム)
映画俳優になるため1982年に脱退。俳優としては『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『プラトーン』『ドゥ・ザ・ライトシング』などに出演。
ボブ・バート(ドラム)
1982-1984年まで在籍。その後ジョン・スペンサー率いるプッシー・ガロアに加入。

変則的なスタイル

バンドとしては、ボーカリストが3人もいる変則的なスタイル。サーストン・ムーアとキム・ゴードンはおしどり夫婦で有名であったが、2011年10月に27年の結婚生活を終え離婚。一人娘の「ココ」がいる。ココは、ダイナソーJr.のアルバム"Beyond"に収録されている"Been There All The Time"という曲のPVで、父と共演している。

1970年代後半から活動を開始する。現代音楽家グレン・ブランカが主宰するギター・オーケストレーションのグループで、サーストン・ムーアとリー・ラナルドが出会い、サーストンの彼女のキムを誘い、ソニックユースの原型が誕生した。ドラムにはあまり恵まれず、実力不足で何回か交代している。

グループ名は、元MC5のギタリスト、フレッド “ソニック” スミス(パティ・スミスの亡き夫)が好きだったのと、サーストンが好きなレゲエのアーティストに”ユース”という言葉の付いた者が多かったので思いついた名前。本人曰く、あまり意味は無いらしい。バンド名を変えてアルバムを出すことも多かったことから、それほどバンド名に執着は無い様子でもある。ジャンルとしては、ノイズロック、グランジ、オルタナに分類される(ときおり日本独自のジャンル分けとしてボアダムスらとともに「ジャンク」とも呼ばれることがあったが、サーストンは嫌っていた)。サーストン・ムーアは「エレキ・ギターを聴くということはノイズを聞くこと」との持論があり、ギターノイズだけの曲、ポエトリー・リーディングのような曲など、実験的な曲も多い。自分でオリジナルのコードを考えたり変則的チューニングを多用する。

当初アメリカでは人気が出ず、ニュー・ウェイヴが全盛期だったイギリスを始めとするヨーロッパで評価された。イギリスではパブリック・イメージ・リミテッドのツアーの前座として活動していた。長年インディーズ・レーベルで活動。1988年発表のアルバム「デイドリーム・ネイション」が傑作と評され、バンドはメジャーのDGCレコード(当時ゲフィン・レコード傘下、2011年現在はインタースコープ・レコード傘下)と契約を果たす。自分達がメジャーシーンに移行することで、オルタナシーン全体の過小評価を覆したいとの思いが強かった。実験的な楽曲が多く、その音楽性には高い評価があるものの、セールス面との対比から「無冠の帝王」などと揶揄されることもあった。

2006年の「ラザー・リップト」のリリースをもって、インタースコープとの契約が満了したが、バンドはその後マタドール・レコードと契約して(日本のみホステス・エンタテインメントと契約)再びインディーズに戻った。2009年、移籍第1作となる「ザ・エターナル」をリリースした。

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交流

ソニック・ユースを尊敬している、または親交のあるバンド、メンバーに曲のプロデュースを手伝ってもらったバンドは非常に多い。特に、アンダーグラウンドのバンドやアートスクール系のバンドが多い。

メンバーであるスティーブ・シェリーは、自主レーベル、スメルズ・ライク・レコードを運営するなど、アンダー・グラウンドへ目を向け、有能なアーティストをオーバー・グラウンドへ紹介することもしばしばあり「ソニック・ユースがお気に入りにあげている」といった冠詞はよく目にするものである。ニルヴァーナやダイナソーJr.といったバンドも、ソニック・ユースに見初められたバンドである。日本のバンドでは、ボアダムス、少年ナイフ、灰野敬二らと親交がある。

サーストンによると、半分以上の曲で、ギターは変則チューニングを使っている。実際、多くの曲はレギュラーチューニングでコピーすることは難しい。キムについて歌ったレイプマンの"Kim Gordon's Panties"と言う曲がある(なお、レイプマンとのスプリット・ギグ時に、彼らがこの曲を演奏したことにサーストンが激怒し、後でボーカルのスティーヴ・アルビニをボコボコにした、という真偽不明のエピソードもある)。


ディスコグラフィー

スタジオアルバム

  • コンフュージョン・イズ・セックス - Confusion Is Sex(1983年)
  • バッド・ムーン・ライジング - Bad Moon Rising(1985年)
  • EVOL - EVOL(1986年)
  • シスター - Sister(1987年)
  • デイドリーム・ネイション - Daydream Nation(1988年)
  • GOO - GOO(1990年)メジャーのゲフィン移籍第一弾
  • ダーティ - Dirty(1992年)ジャケットはマイク・ケリーの作品より。
  • エクスペリメンタル・ジェット・セット、トラッシュ・アンド・ノー・スター - Experimental Jet Set, Trash & No Star(1994年)
  • ウォッシング・マシーン - Washing Machine(1995年)
  • ア・サウザンド・リーヴズ - A Thousand Leaves(1998年)
  • SYR4・グッバイ・20th・センチュリー - SYR4 Goodbye 20th Century (1999)
  • NYC ゴースツ&フラワーズ - NYC Ghosts & Flowers NYC(2000年)
  • ムーレイ・ストリート - Murray Street(2002年)
  • ソニック・ナース - Sonic Nurse(2004年)
  • ラザー・リップト - Rather Ripped(2006年)
  • ジ・エターナル - The Eternal(2009年)

コンピレーション

  • メイド・イン・USA - MADE IN USA (1995年)
  • スクリーミング・フィールズ・オブ・ソニック・ラヴ - Screaming Fields Of Sonic Love(1995年)
  • ザ・デストロイド・ルーム・Bサイド・アンド・レアリティーズ - The Destroyed Room: B-sides and Rarities (2006年)

EP

  • ソニック・ユース - Sonic Youth (1982年)
  • キル・ユア・アイドルズ - Kill Yr Idols(1993年)
  • TV・シット - TV Shit(1993年)
  • SYR1 - SYR1: Anagrama(1997年)
  • SYR2 - SYR2: Slaapkamers Met Slagroom(1997年)
  • SYR3 - SYR3: Invito Al Ĉielo(1997年)
  • シルヴァー・セッション・フォー・ジェイソン・クヌース - Silver Session for Jason Knuth(1998年)
  • SYR6 - SYR6: Koncertas Stan Brakhage Prisiminimui(2005年)

DVD

  • コーポレイト・ゴースト-ザ・ビデオ: 1990-2002(2004年)
X-girlとpatagonia
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X-girl

1994年夏、SONIC YOUTHのキム・ゴードンが、友人でもありXLARGE®のショップスタッフでもあったデデイジー・ヴォン・ファースと共に立ち上げました。

1991年に立ち上がったXLARGE®に携わっていたBEASTY BOYSのマイク・Dが、以前から交流の合ったキムに声を掛けたのがきっかけとなる。 キムとデイジーの着たい服、つまり彼女達のリアルクローズ的なアイテムをX-girlとして打ち出すと共に、グラフィックやデザインを落とし込んだアイテムを展開し、“GIRL’S MOVEMENT”の先駆者としてファッション業界だけでなく音楽やアートも巻き込んだレディースストリートブランドとして、注目を浴びました。

X-girlのロゴデザインは、映像作家・グラフィックデザイナーであるマイク・ミルズが手掛け、その後も彼はTシャツやポスターなどのデザインも担当しブランドとの関わりを深めました。 X-girlのシンボルとも言えるフェイスロゴのグラフィックもマイク・ミルズによるデザインで、彼の友人でアーティストでもあるミッシェル・ロックウッドがモデルとなっています。

同年ロサンゼルスのロス・フェ リッツに第1号店がオープン。

更にニューヨークのソーホーにて、ストリートの女の子をハントしモデルとしてランウェイを歩かせ、 X-girl初のゲリラストリートファッションショーも行われました。 プロデューサーにソフィア・コッポラとスパイク・ジョーンズを迎え、当時X-girlの顧客でもあったクロエ・セヴィニーやミッシェル・ロックウッドもモデルとして参加していました。

そうしてブランドをスタートさせたX-girlは現在も、ROCK・MILITARY・OUTDOOR・SPORTS・ CULTURE等のストリートシーンから様々な要素を取り込み、”REAL GIRL’S CLOTHING”を テーマに掲げ、BASICで飽きのこないアイテムを時代の変化に合わせながら“リアルな女の子のストリートスタイル”として提案し続けています。

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